七月大歌舞伎(泉鏡花) その3『天守物語』

7月10日金曜日(記:7月10日〜12日、公開7月22日)
関連記事:2006年8月22日


いつものことではありますが、「事実」と「感想」と「希望」の入り混じったものになっています。今回は数箇所、不適切な表現があるかもしれませんが・・・自覚した上で公開していますので、お許しください。

また、例によって特に役者さんの名前が書いていないものは、春猿さんについての記述であること、ご承知置きください。

さらに。基礎情報・・・つまり出演者、筋書きなどについて歌舞伎座情報ページ、及び他の方のすばらしいブログをご覧になることをお勧めします。どうも、苦手なんですね・・・。

天守物語』
想像していたより、シンプルな舞台装置。今考えると、能舞台が意識されていたのかな


 とにかく、終始おちゃめでチャーミングな玉様に釘付けでした。春猿さんももちろん、ですが、春猿さんから目を離すまい、一挙手一投足見逃すまい、と思っても注目度がどうしても半分ずつになってしまうのです。『海神別荘』ではひたすら色っぽすぎる美女に驚いていましたが、富姫はお茶目。チャーミング。やさしくて、かわいらしい。・・・ちょっと、おばさんぽい感じはやはり、否めないけれどね。芸者さんを感じさせる。そして、お化粧の加減か、落ち着いた印象の玉三郎さんの眼が、すっきりと細くなっていた。



 楽しみにしていた幕開き、禿たちの可愛らしい歌声(いや、かなりの芸能ガールたちだと感じましたが)と、釣りをする腰元たち。何度原作を読んで想像しても、この華やかな、そして笑ってしまうくらい非現実的な場面は、本物には敵わなかった。とのおもしろいやり取り、そして・・・。


 富姫の登場です。空を模したスクリーンに雲の渦巻きが映り、下手から上手へシューッと飛んでいく。それに富姫が乗って帰ってきた、という設定。すらっとした、いらっしゃるだけで絵のような玉様。最初のセリフは聞き取れなかったけれど、案山子の蓑を「似合ったかい」とくるりと後ろを向いてポーズをとる。その声音に思わず笑い、そして富姫のやわらかさにくるっと包み込まれる。
 あれ? “夫人(おくさま)”なのに髪を下ろしていていいの? と不思議に思うが、そのまま脇息に凭れ、腰元たちに遠出の話を始める。原作で内容は知っていたとは言え、たとえるなら落語を聞いているような(ごめんなさい、好きなもので)絶妙な語り口、要所要所で黒扇子でポンと床を打つ、もう、そこだけで、一つの物語でした。みごとなもの。ふと、玉三郎さんで『白波五人男』の弁天小僧の見せ場を見てみたくなりました。ありえないけどね。
 さて、亀姫を迎えるために「お召し替え」そして「御髪を上げ」るために退場。鬢に手を当てるしぐさは女形の定番とはいえ、本当に何気ない動き、それだけにドキッと来るのです。



 右近さん朱の盤坊は、狂言方でした。禿たちを、本当にかわいいと思っていらっしゃる感じ。
 続いて今度は上手から下手へ雲が飛び、その下から亀姫御一行の・・・登場です!・・・赤いよ! 四階席から観るからか、あまり目立たず、控えめな、きゃしゃなお姫様。それが富姫の前に立ったとたん、パーッと喜びの光を放ちます。おお、春猿さんだ!


 この後のやり取りは、どんな誰でも割って入ることのできない富姫亀姫の仲をぐいぐいと感じさせられ、いや、見せ付けられました。この上なくゆっくりと、おっとりと、じゃれあうような会話。でも、この上ない絶妙のタイミングでセリフが交換されています。たぶん、舞台上はものすごい緊張感。どちらか片方(か、脇のどなたか)がほんの一瞬、例えば唾を飲み込んでしまうだけで、瞬きを一回多くしてしまうだけで、全てが崩れる、そんな感じ。
 もうお二人とも可愛らしくて、微笑ましくて。やはりちょっと、富姫が20代後半にしてはおばさんぽいのだけれど・・・。あの関係は、なんと言ったらいいのだろう。本当に可愛がっている妹と、冗談でも言って甘えられる姉と。お二人が茶化しあうたびに、客席からは笑いが。本当に、光に包まれた、楽しい楽しい場面です・・・観客にとってはね☆
 春猿さんは「もーう!」というようにちょっと口を尖らせた表情をされますが、玉三郎さんは「んもぅ」と、声に出されるから・・・誰にでも伝わるんですよね、あのじゃれ合いが。


 ただ、『天守物語』だけに、妖しさとか怖ろしさといったものが必要だったのかな(と、何人かの方が言っていらっしゃいます)。その点、お声から考えると玉三郎さんはけだるい、と言うか普通にしゃべっている様子で、四階席からはかなり聞き取り難くはありましたが、終始不思議な空気をまとっていらっしゃいました(後述の一節を除いて)。それに対して春猿さんは、張っていらした。もちろん舞台声だしかわいらしいのだけれど、玉様の柔らかいお声と交互に聞くと残念ながらだんだん疲れてきてしまう。



「最近は召し上がるそうだね」のセリフで、ハッと気が付いた。春猿さん亀姫、お酒を飲むんだ、煙草(煙管)を吸うんだ・・・と思って慌ててオペラグラスを目にしたときには既に遅し。

 楽しみにしていたセリフの一つ、「で、ございますからお姉様は私がお可愛うございます。」「否、お憎らしい。」「ご勝手。」扇子を落とす春猿さん。うわ、可愛いけれど、床に当たる音が緊張感いっぱい。「やっぱり、お可愛らしい。」袂を広げて、、、亀姫に頬を寄せる富姫。。。わあぁ〜、愛情いっぱい〜。


 脇役で注目すべきは、門之助さん舌長姥(「したながんば」と発音するそうです)。想像以上のアレだった。セリフは3〜4行に収まる長さのはずなのに、引っ張るひっぱる。あれでかなり、歌舞伎座の空気がどろっとしたものになりました。本当にべろっと舌を出すし。あれは、ピロピロ笛ですよね? どなたのアイディアか知らないけれど、一瞬玉三郎さんが「これなんかどう?」とピロピロやっていらっしゃる姿を想像して、引っくり返りそうになりました


 口に手を当てて「ほ、ほ、ほ、、、」と笑うしぐさでは、玉三郎さんを見ている余裕はなく(たぶん、そうは笑わないのです)、春猿さんに注目。ですが、ちょっと不自然だったかな。甲の側を当てるのですが、第一関節をかなり反らせるためか(いつもはそれがなんとも言えず美しいのだけれど)。それとも、笑う前に手を動かす間が空いてしまうためか。無理に演じている感じ。
 座に着く動きも、面白かったね。富姫が向かって左、亀姫が右に(お客様だから上座なのね)。居住まいを正しつつ座の上に歩み、同時に座る。あれは、難しいだろうな〜。春猿さんのおめめパチパチはだいぶ減っていたように思える。が、意外と玉三郎さんも、瞬きが多いのです。ここまで気になってしまったのはやはり、眼の化粧のためもあるのではないか、と思う。


 猪苗代城主の首を獅子頭にお供えすると、ガランゴロンと口の中を転がり落ちるようで。いや、実際には後見さんが受取っていらしたのでしょうが、どうにも富姫が投げ込んでいるように見えて、思わず笑ってしまったのでした。おまけにその後のセリフが「こんな男が、欲しいねぇ。」玉様、おばさんですって、それじゃ。もう、脱力し続けでした。
 亀姫から富姫への贈り物、そして富姫から亀姫への贈り物未遂、どちらでも「あげません」のやり取りが、また笑いを誘う。本当に、微笑ましくて。あれは春猿さん、相当鍛えられていますよね。こうやって、リズムが体に入っていくのでしょう。他人事ながら、そう考えると体が熱くなるくらい嬉しいです。


 姫たちが鞠つきをしに上手へ退場した後、舞台は脇役だった朱の盤坊富姫の腰元たちの場面となります。歌女乃丞さん京妙さん、それから笑野さんかな? 踊りを見られたのは、お得でした。もうちょっとそろっているときれいで、現実から離れる感じが出せるのですけれどね。そして、しかも右近さんの返踊です。贅沢でした。裏から聞こえる鞠つき歌は、姫、禿、ご本人たちのものでしょうか? もちろん、録音なのでしょうけれど(残念ながら、録音ですよね)とても可愛らしい、歌舞伎の女形とはまた違った発声。どうなのでしょう?


 あっという間に「お発ち」になってしまいます。ああ、もう前半が終わりか。春猿さん見納めか。けれどこの後、もう人騒動、いえ、ふた騒動あります。
 「首に良く似た」播磨の守から白い鷹を取り上げるため、玉様の「それは姫路の、富だもの。」今思い出しても、拍手をしたくなってしまう。聞かせどころは外さない。後見さんが飛ばした鷹が富姫の腕に移った時には、お見事! と思ってしまうほど、美しい動き。本当に腕に留まっているようだったのだから。亀姫は残念ながら、その支え棒を握って、すぐに朱の盤坊に渡してしまったので残念・・・。
 とか言っている暇はありません。「虫が来た!」しまった、亀姫の手に矢が入るところと、富姫が矢を咥えた姿を見損ねました。腰元たちが散らす花火がきれいできれいで。あの時ばかりは、最前列に座りたくなりました。そして、惜しまれつつ(私だけではないはず!)、亀姫は雲に乗って猪苗代城へ帰っていきます。

ああ、疲れた。前半のレポートだけで、お腹いっぱい。


 気を取り直して。真打(?)、海老蔵さん図書之助が登場します。亀姫の退場、拍手を送る余裕もないほど急に舞台が暗くなり、富姫の背中が寂しそうになります。暗闇の中、腰元たちが内掛けを取り替えさせ、静寂。


 図書之助の登場は花道からだったのでしょうか? 雰囲気としてはスッポンからなのですが、よく見えませんでした。暗くて、獅子頭と同化したかのような富姫、微動だにしない。初めての会話。「何しに見えた」「それだけの事か」等、そっけないようなセリフのひとつひとつに笑いが起きたのはなぜだろう? 前半の楽しい雰囲気がまだ、残っていたのだろうか。海老蔵さんの声は、『海神別荘』で聞いているはずなのに、やはりびっくりするほど若々しい。


 花道と下手をおそらく大急ぎで移動するのだろう、天守の最高層と三階を移動する演出、図書之助富姫もその動きがとても自然。息が合っていた。


 二度目の会話は緊張感に満ち、内容も濃い。特に富姫が人間の世界の主従を理解しがたくも「それが道なら仕方がない。」の部分は、ちょうど『海神別荘』で親子の情を理解できなかった公子と逆の立場。そういえば、筋書きのコメントで海老蔵さんもそんな事を言っておられましたね。
 強い意志で図書之助を人間の世界へ返し、獅子頭の前に座る富姫、ここでは“机に頬杖つき”、暗い中でも絵になるような静かな、美しさ。すごいね、だんだん玉三郎さんではなく、富姫の姿しかみえなくなってきた。



 場面は急展開します。吉弥さんの見せ場、地上で起こることを逐一話して聞かせます。リアリティーたっぷり、この方の語りの力、説得力はすばらしい。途中、ついつい覗き込むのに「・・・奥様」「知らないよ」の会話は、予想の範囲とはいえ、“かわいらしい”富姫全開です。
 図書之助天守に逃げ込んできたここで初めて、富姫の口調が変わります。

かなり日数を掛けて加筆しているのですけれど、やはりここで息切れしたらしい・・・。