七月大歌舞伎(泉鏡花) その5『夜叉ヶ池』二回目

7月14日金曜日(記:7月14日、公開:7月23日)
とっても、暑い日でした。
関連記事:2006年8月22日


いつものことではありますが、「事実」と「感想」と「希望」の入り混じったものになっています。

また、例によって例のごとく、特に役者さんの名前が書いていないものは、春猿さんについての記述であること、ご承知置きください。

さらに。基礎情報・・・つまり出演者、筋書きなどについて歌舞伎座情報ページ、及び他の方のすばらしいブログをご覧になることをお勧めします。どうも、苦手なんですね・・・。

『夜叉ヶ池』

 四階席からだと、前には見えなかったものが見える。その一つ目が、幕からはみ出した水。幕開き前から、涼しい気持ちになった。ざるの中には、お米が入っているのも見えた。百合の襟足から黒髪がはみ出している(yayaさんレポートより)のも見えた。何の変哲もない、夕方の平和な場面。翌日の食事の準備をする奥さん。。。そのお米も、すでに炊けているお米も、そして鴫焼きも食べないまま、この二人の世界はこの夜で終わってしまうんだよね。そんな事を思うと、この短い場面がとっても大事に感じられてくる。


 初日にカットされたような気がしていた「鴫焼きをつけましょうね」も、学円登場後の「里では人死もありますッて」も、間違いなく入っていた。そうそう、ここの「ッ」は、ちゃんとカタカナで発音されているんだよね。う〜んと、つまり、喉の奥で、つまり声門閉鎖を作ったような音。白髪でも黒髪でも、しきりに帯の辺りを押さえるのが気になった。確かにね、女の人が、不安になると抑えたくなる部分。
 白髪の百合さんは、学円を相手している時とても表情が柔らかくて、こぼれる花のようで、初日にも思ったけど、あんなお婆ちゃんになりたい、と思わせる。学円を呼び止めて出てきた時の「あなた! あなた!」は、必死さも有ったし、声もつぶれなくて、綺麗だった。の「大丈夫」抱きしめるのにも、優しさがあった。段治郎さん春猿さん右近さん、三人とも、物語り全てを通して動きが大きくなっていたように感じました。


 の“物語”、三度の「ここに〜がある。」が過剰なほど力強くて、でもそれが、いいアクセントになっていた右近さんの、違った、学円の合いの手もちょうどいい。百合との出会いを語る「あの女だ」には、初日は恨みがこもるほど強い調子だったのが気になったが、少し、優しくなっていた。
 黒髪の百合、きかえて出てくるのがもう、待ち遠しい。一回り小さくなったかのような感じ。ぱぁっと赤い光があたるから、舞台に映える。「奥さん」とからかう学円学円だが、それを受けて恥じる百合も、本当に“かわいい”。結婚して三年にもなるのに、「お幾つじゃな?」この人


 今夜中に出かけるというの言うとおり、提灯に灯を入れ、鎌とひょうたんを調え、甲斐甲斐しいったらありゃしない。そして、“太郎”を抱いてお見送り。“袖で締める”しぐさが、不安をかもし出しているのがよく伝わった。そして、あのおっきい目でみつめられたら、旦那さまならずとも恋しさ、愛しさで胸がいっぱいになるよね。下に降りて人形に話しかける時も、オペラグラスで凝視してしまったが、表情が本当に優しくなった。
 後ろ向きに(小学生の時、よそのお家に入る時のように)草履を脱ぎ、縁にあがり・・・あれ、上がる足が逆なのでは? 足首が見えなかった??? そういえば、始めの方でが脱ぎ捨てた草履を整えるところがあった、けれど、ご自分が上がる時には左足まっすぐ、右足内向き、と微妙な脱ぎ方で、降りるときはちょっと履き難そうだった。



 与十は、花道の前から歌っているからほとんど何を言っているのかわからない、けれど、本舞台に出てからの話し台詞ひとつひとつにまで歌のような節がついている。「村会議員の」とかね。
 そして、前回は事情あって集中して見られなかった鯉七大蟹五郎、登場、後見さんとの入れ代わりまでばっちり観察させていただきました。すごいっ! そしてこのお二人、狂言方として上手です。鯉七延夫さんは若々しくてよく通るお声、五郎蝶十郎さんは重量感と、ちょっとおかしみのあるお声。歌にあわせての踊りが、本当にカチッとしていらして、さすが。


 短い出の百合さん。「や〜まをか〜わに」が、初日よりゆっくりになっていた気がした。きれいな声、きっと出易い音域なのだろうけれど、少し震えていたのが気になった。喉、大丈夫かな? ここでの、坊や(人形)に話しかける形で心情を語るのはよくある手法だけれど、上手く生かしていらっしゃる、と思った。鐘撞き堂の向こうに、大きな松の根が見えたのですが、照明か背景でそういう演出がされていたのでしょうか? とっても素敵でしたが、何しろ、暗くて。

 鯰の入道は、なぜか記憶に残るポイントがない。両脇の鯉七五郎がよくしゃべるからね〜。



 「お姫(ひい)さまが〜!」のあと一呼吸置いて、鐘撞き堂が廻り始めます。と思ったら、白雪姫を先頭に、妖怪たちご入場。姫の手にある巻紙が、風にふうわりと揺れているのが、彼女の周りに漂う空気のようなものを感じさせた。始め、文の上を視線が逆に動いているからんんん? と思っていたら、「月の明は、もどかしいな」あ、そうか、忘れていました。特にこれといったものはなかったけれど、腕の上を滑らせるようにして、まさに「お身体の光りで御覧ずる」のね。
 下がさねの赤が、さらさらしてとってもきれい。お声がはっきりするので(力なさげな百合とは対照的に)、とても落ち着いて聞こえる。前回とっても気になった、手紙の畳み方は、と話しながらくるくると巻き取り、巻紙の形で懐へ。うん、まだちょっとがばがばしているけれど、綺麗。どこかでご指摘があったんだろうな。終始俯き加減の百合さんと、顔をいつも上に上げている白雪の対比。


 「ええ〜い、恨めしい。」やっぱりこの辺の声、コワイ〜。急に早口になるわけね。そうすると、高から低へ、裏声から地声へ、急降下。残念ながら、非常に聞き取りにくい。前回より、それが強くなった気がして・・・。最高潮の場面、「剣ヶ峰へ飛ばいで置こうか」は、ずっと裏声で、それでものどで絞るような。決まった。「か〜」が「くゎ〜」に聞こえるんだけどね。春猿さんは、「カ行」と「ラ行」が気になる。口の、かなり前の方で調音しておられるんですね、きっと。(音声まにあでごめんなさい。)
 百合の歌を聴いた瞬間、どんな表情になるのか注目、だったのだけれど、表情と言うより雰囲気が、寂しそうになった、ように感じた。


 吉弥さんは、張っているわけではないのにとても聞きやすいお声。そして、どんなポジションでも白雪姫より“下”に見える、つまり白雪姫が引き立って見えるのだから、すごい。猿紫さん。すごい、アク、じゃないけれど独特の味を持っている。う〜ん、おできになる役に限りがありそう?
 白雪の退場、かろうじてお顔だけは見えた。“ガッタン”は避けられた、ようだ。


 続いて出る百合の影武者、前の場面でもそうだったが、上背が異常に反っていてたしかにそれが春猿さんの体形によく似ている。いったい、どなた???
 喜劇役者と紙一重欣弥さん神主寿猿さん村長。特に寿猿さんはエロ親父丸出し^^;で、とても半月前に「もったいない、もったいない」と息子を拝んでいた老父と同じ人には見えなかった



 百合を助けに、登場する晃さん。牛の周りにいる村人たちを払う迫力も凄かったけれど、馬の背から百合を引きずり下ろす勢いも。そして、上手いことにその場が舞台中央だった。初日に比べて調節したのでしょうね。すぐに、抱きしめていてとても自然だった。「行きたければ一緒に行く、残りたければ残るだろう」で袖にしがみつく演技は、やはりコトバ以上に何かを語る


 の立ち回り。今回は百合の表情を見よう、と思いつつ、段治郎さんの立ち回りを見ずしてどうする! と、我に返った。・・・振りが大きくて、決まりますね〜。迫力と、貫禄と。
 このシーンをよく見ていると、百合の表情や行動が少しずつ変わっているのがわかってきた。襟元を握り締めながら何かを決心して「私を遣って下さい」のコトバが出る。身を抱きしめながら、自分の周りで、そしておそらくは自分の内でも何かが変化しているのを感じている、のかもしれない。それが最後に死につながる時、“こちら”の世界から“あちら”の世界へぴょん、と飛び越えてしまった、そういうこと?


 鐘撞き堂へ三人が逃れてからはもう、あっという間のスピードで流れていく。の取り落とした鎌を拾った百合のひとこと。「みなさん。」・・・しーん・・・。これこれ、これですよ。こうでなくちゃ、百合は死ねない。
 左の襟元をぐいっと引いて肌を出し、鎌を首に衝きたてる。叫び声も初日とは比べ物にならない激しさだったし、突っ伏し方も迫っていた。の「しまった。」これは、初日には抜かされていたセリフなのであれ? と思っていたのですよね。有ったほうが、いい。初日には掠れてしまい聞き取れなかった「ご無事に・・・」はかなりはっきりと発声され、座った姿勢での死。そのまま横向きに寝かされるのだが、ちょっと無理があったみたい。春猿さん、相当きつい体勢だったと推察します。
 鐘撞き棒を切り落とす段治郎さん、ここでも大きな振りがよく合っていて。「波だ。」の後、かなりの時間が流れたと思うほどの、重みのある声。の死にっぷりもまた、唐突で、学円の驚きは想像するに余りある、という感じ。遠目にも距離のある百合の死骸の上にどさっと倒れたから、春猿さん、衝撃でかなり痛かったのでは? これまた災難でしたね(後の楽屋で「いってぇよ」とか責めていそう^^;・・・失礼しました)。



 波に巻かれていく村人たち、まるでそれを楽しむかのような影法師たち。上から観ていると、渦巻きのようにくるくると舞台の上が動いていて、楽しかった。
 もうひとつ。最後に白雪姫が登場するが、一階席で見ると舞台一番奥の“波”が引いた瞬間そこに立ち現れるように演出されている。ところが上から見ると、上手奥からゆったりと、しかし足早に歩いていらっしゃるのが見える。おもしろい。ここでは青い、水を意匠とした下がさね。凛とした美しさが、際立つ。オペラグラスを目にあてていたら、そのお顔から目をそらせなくなって、結局幕切れまでそのままでした。
 かなり長めの、拍手。


 物語を楽しむ、とか人物に感情移入する、というより細かいところに注目していたようですね。レポートを読み返すと、それがよくわかって恥ずかしくなります。
 初日に「あれ?」と感じたところが悉く変わっていて、なるほどこれが、複数観の楽しみか、と身を持って知りました。それに加えて、小さな不都合でも見逃さず、直して、新しいやり方をを自分のものにしてしまう、役者さんとはそういうものなのですね。本当に、ますます舞台に、役者さんに、魅力を感じてしまいます。