新橋演舞場花形歌舞伎 その1 (初日・昼の部)

初めての演舞場*1、そして今度連れて行く友人もここを読んでくれるというので、レポ形式も交えながら。まだ初日ですが、そんなに”ネタバレ”を心配する部分もないと思うので詳細になるかもしれません。

その他の記録


日比谷線の一番前に乗って出口を登ると、一瞬「ここはどこ?」という景色。車とビルと道路と、一面灰色の景色で不安になる。ふと右肩越しに振り返ると見慣れた歌舞伎座を見つけてほっとする。
朝だから、お祭の始まる朝だから、なんだか心も浮き立ってつい信号も駆けて渡ってしまう。既に開演時間は迫っていたから会場のお囃子は聞けなかったけれど、ロビーのどこかざわざわした雰囲気が期待を高める。
三階席の下手側、夜の部の宙乗りで使われる”小屋”を目にする。

『番町皿屋敷

  • 舞台が近くて、どこか小さくて、それで春の穏やかな鳥居前の空気が伝わってくる気がした。こういうところに店を出すお茶屋さんにも、簡易ながら綺麗な茶道具が飾られてある。
  • 傘を被った松緑さん播磨守の登場。なんだか、ものすごくいい人に見える。傘を外すまで誰も声をかけないところが当然だけれどいいなあ、と感じる。松禄さんの発音がどうにも気になって、頭の中でお芝居がストップしてしまうことがあった。あのお顔立ちということもあって、乱暴な言い方をすれば舌っ足らずな子どもが演じているイメージ*2
  • 喧嘩の場でおかみさん(尾上のどなただったか・・・)が軽々と椅子を片しているのにふっと笑ってしまった。
  • 町のチンピラ五人衆の中でも、猿弥さんが若く、身軽なのが嬉しい。
  • 駕籠で登場された家橘さんは、本当に乗っておられてちょっと嬉しい。その分、駕籠かきは4人付いていました。・・・なるほど。
  • 第二場。メインキャラクターの一人である芝雀さんお菊がひっそりと目立たず登場するのも珍しいのでは? 「京屋」とかかった時、「え、どこどこ?」と探してしまった。
  • お仙松也さん*3、素顔だと色気たっぷりなのだけれどこの舞台ではすっきりして、しかも落ち着いた雰囲気だった。けれど、若いな〜。はつらつとしている、というか新しい職場に*4わくわくしている感じ。桃地に明るい黄緑の帯がとても似合う。
  • 芝雀さんは皆鶴姫の時と同じくらいおっとりしていて始めはもどかしいのだが、ひとりになって播磨守の心を疑う件では本当に可愛くて仕方がない。
  • 播磨守の部屋、お軸は緑がかった灰色の地に銀字でなにやら書いてあるもの。畳の縁が白いのも面白い。当時は当然だったものなのだろうか。
  • ”消えもの”のお皿はお菊が割る一枚だけかと思っていたら、ひとつの舞台で5枚も消えてしまうのですね。割れやすいお皿、なのかしら? だとしたら前半の検める場面では扱いにかなり気を使うことでしょう。
  • 松緑さん播磨守はやっぱりものすごくいい人。割れたお皿をお菊が始末する場面で、イヤホンガイドでは「お菊を愛おしそうに見つめる播磨守」とありましたが、まさにそんな感じ。二人で肩を寄せ合う絵も良い。でも、なんだかな・・・。本当にお菊を嫁にする気があったの? その気持ちは伝わってこない。なんだかこの後縁談があったらホイホイ乗っていそうな・・・偏見ですね。たぶん、若い播磨守なのだと思う。お菊との色模様も芝雀さんが作り出していた雰囲気なのかも。
  • このお芝居を観るのにたぶん最も必要なのであろう、播磨守の心模様の理解、私にはできなかった。あらすじを以前に読んだことがあったから「男性にとって、純粋な愛情を疑われるのは何よりの裏切りなのだろう」と頭で理解・・・しようとは、した。でもなんとも腑に落ちないし、松緑さんからも怒りと愛情の入り混じったようなものは伝わってこなかった。それとも、男性の感情ってもっと単純なものなのかしら? 殺すと決めたら憎いだけ、みたいな。
  • お菊が一枚一枚皿を出し、それをまた一枚一枚割っていく播磨守。ここの場面はものすごく緊張感があって良かった。ひと場面でもこういう空気を見せられると「観に来てよかった。」と思う。

一度目の幕間は30分、つまり実質25分です。お手洗いが上手側廊下にしかないというのはとても不便。歌舞伎座のようにお店を見て回る楽しみがない分、移動に時間がかかった気分でした。・・・これは、演舞場の造りになれていなくて階段を探し回ったり人混みにまぎれてしまった私のせいでもあります。

勧進帳

  • 幕開きまでがあんなに長いとは知らなかった。鼓の音と声とだけであんなにも緊張感が高まるなんて。既にペットボトルを傾ける気にもなれず、手を膝に置いて神妙に拝聴する。
  • そういえば小山観翁さん*5のイヤホンガイド解説「勧進帳ができるまで*6」も興味深かった。お能をわかりやすく、親しみやすくするために歌舞伎に移した、というお話。親しみやすく、う〜ん、親しみやすく、ねぇ。。。
  • 菊之助さんのお声がものすごく良くて、一言一句聞き漏らすまい、という気分になる。長年見ていらっしゃる方からは若い、とか線が細い、とかいうことになるのかも知れないけれど、あんな美男の富樫、さわやかな富樫がいてもいいではないか。
  • 花道から義経四天王弁慶の出。三階席後方だから姿は見えない。耳に全神経を集中させる。芝雀さん義経の「いかに弁慶」は、意外にも現代風の発音だった。猿弥さん段治郎さんの身長差に驚くのを通り越して吹き出してしまった。常陸が・・・えっ、市蔵さん? うまく老けていらっしゃるなぁ。海老蔵さん弁慶の声は、、、うまく言い表せない。不思議すぎる。
  • 富樫弁慶のやり取りの間、後ろに居並ぶ四天王。この四方はところどころ息をぴったり合わせる動きがあるのだけれど、それがとても良かった。ただ、座っているだけでも違うところがあると目を引いてしまう。例えば膝に構えた中啓(末廣)、段治郎さんの向きが微妙に違う、とか。細かいところを突っつくようだけれど”美しさ”はこんなところに隠れているのかもしれない。
  • 番卒のおひとりに左字郎さんが入っておられたようでした。
  • 富樫弁慶のやり取りが緊迫してくるに連れてお二人ともものすごく早口になり、聞き取れなくなってしまった。よく聞いていると、同じ問答を何度も繰り返しているのですね。それがまた緊張感を高めているような気も、する。
  • 海老蔵さん弁慶の舞が、まるで”動く絵”を見ているように良かった。美しい、というのとは違う。安宅関の弁慶と名づけられた絵のようで、これが家の芸というものかな、と考えたりもした。所作舞台を踏み抜くのではないか*7と心配になったほど力強く足を踏み鳴らしておられたのが印象的でした。

再びロビーをうろうろと。演舞場は全体的に薄暗くて、おしゃれなバーカウンターみたいなイメージ。でもなんだろう、造りに余裕がないのか、特に一回にはお客さんがひしめいています。幕間の上手い過ごし方を考えなくては。

『弁天娘女男白浪(白浪五人男)』
幕間のイヤホンガイドでは本外題(青砥草紙花錦絵・・・でしたか?)の解説などを。”白浪五人男”と呼ばれるようになったことについて、塚田さん(たぶん)が「悪党五人野郎(ちょっと違うかも)では美しくありません。」とおっしゃったのに吹き出してしまいました。

  • 番頭さんと手代衆、とってもいいです。初日のわくわく感と「今日は何かいいことがないかな」という役のわくわく感で、皆さん弾むような演技をしておられます。
  • 弁天小僧と南郷力丸の花道からの出。西側席にはモニターが付いているのですね! 小屋が小さいからか、姿は見えないのにお二人の声ははっきり聞こえます。もちろん、よく声の通る役者さん方なのですが。「婚礼のことは内緒に」「なぜ?」「恥ずかしいわいな」で笑いが起きたので、菊之助さん演じる菊之助、よっぽど可愛らしいしなを作って見せたのでしょう。ああ、見たかったな。
  • 少ない観劇回数の中でも、わりとなじみのあるお芝居。意識になくても聞き所、見所、笑いのツボがわかっているらしく、なんとなく五感が楽しみを捉える準備をする。どうやって”万引き”するのかな、とか男に返った時の番頭さんたちのポカンとした顔とか、正体がばれた後に拵えを解くところとか。もちろん小僧さんの動きとか。
  • で、男に返る菊之助さんです。美しく華やかな女形さんであればあるほど、ここが生きる。面白いのが、お化粧やカシラがお姫様のままなのに、声と動きで男性にしか見えないところ。それにしても赤い襦袢と片肌脱いだ鹿の子布が本当に華やかに映ること。簪が落ちるのは耳でしか捉えられず。さすがに、ハッと息をつくところではお客さんを完全に巻き込んでおられました。すごいな〜。
  • 有名なセリフ、のうち「・・・七里ガ浜」では、語尾を「まぁ〜」といったん伸ばして決める言い方に慣れていたので、ちょっと新鮮でした。あんまり、崩れた悪い奴に見えないのですね、菊之助さんの菊之助は。まあ、この舞台は塚田さん曰く「とにかく錦絵のような美しさを楽しむ」ものだから、悪者と言えど悪役ではないわけだ、うん。
  • 松緑さんがとっても小柄に見えて驚く。間近でお会いするとものすごい貫禄の方なのに、舞台では愛嬌あるお顔になるからでしょうか。少年のようだ。
  • 梅枝さん若旦那は、おっとりと美しいボンボンといった感じ。この時代の大店の若旦那は斯くもあろうと思った。
  • 左団次さん日本駄衛門、うまく言えないけれど若い声(番頭さん(えーと、どなただろう)も家橘さんの浜松屋幸兵衛も、お声は若い)の中にこういうどっしりした”音”の入るところが美しさなのだと感じた。
  • 飛んで勢揃いの場。イヤホンガイドによると、前場の後に注文していた揃いが仕立て上がり、それを纏っての清勢揃いなのだとか。そんな筋などあってもなくてもいいのだけれど、ちょっと嬉しい気分。
  • 赤星十三郎の松也さん、裾がキュッとすぼまった着付けで品がいい。声は意外と低めに作っておられたようだ。他の幕で女性の声がかなり高いからそんな気がしただけ?
  • 見せ場が多い、と言うより一場すべてが見所だけで出来ている稲瀬川、あっという間に幕切れです。本当に、あの場だけ静止画像で何時間も見ていたい気分・・・それが、錦絵の始まりなのかも?

気持ちのいい幕切れであまり余韻に浸る、という気分でもない。むしろ心は既に夜の部へ飛んでいたりする。正面ではなくロビー横の出口から出ると、すでに夜の部のお客さんが並んでいる。よく見ると昼の部のロビーですれ違ったような方もちらほら・・・いや、それがほとんどかも。初日だから、関係者の方もあるだろうし通しにすることも多いのかな。私もそんな人の一人になって、さっそくイヤホンガイドを借り直しながら夜の部開場を待つ。

*1:記憶にある限りは

*2:もちろん、見かけとセリフに限って、です。

*3:前日の「はなまるカフェ」で春猿さんに紹介されちゃっていました。

*4:たしか「そなたは新参ゆえ」といわれていました。

*5:最近は、小山翁と鈴木多美さんの声を聞かなければイヤホンガイドを聞いた気がしません。歌舞伎の一部、といった気分。ちょっとまずいなぁ。

*6:私の勝手なネーミングです。

*7:あれって、中は空洞なのですよね・・・?