新橋演舞場花形歌舞伎 その3(夜の部)

初日以来の観劇、繰り返してみること自体が贅沢なのだが、演舞場やお芝居が”懐かしく”感じられる。
その他の記録

『時今也桔梗旗揚』

  • 西側席だったので花道はもちろん見えず、本舞台も切れてしまう、そんな席でしたが、幕が開くと舞台中央に座る松也さん桔梗が真正面に。これはおいしい。おまけに、第一声が下からまっすぐ響いてくる。ものすごくはっきりとした良く通る声をされています。
  • 下座音楽が上品な、と言ったら良いのだろうか、お座敷なんかに流れるようなもので、贅沢な気分になる。舞台のあちこちでこの雰囲気が繰り返される。
  • 「お入〜り〜」と春永の登場を告げる声がとても良い。登場するお役のどなたかなのかしら? 例によって足元の花道から聞こえてくる衣擦れの音や一階席のお客さんの様子から、雰囲気を感じ取る。海老蔵さんの声はやはり私の耳の範囲を超えて(笑)低いが、なんだろう、聞きやすくなったように思う。春猿さんは・・・ほんとに素敵な、これぞ女形、という声だ。とにかく聞いていると嬉しさのようなものがじわじわこみ上げてくる。後ろに並んだ内・・・升平さんかな、まろやかで、それでいてよく通る声でした。
  • 春猿さん園生の局は春永に付いて本舞台を横切り、後ろを向いてちょっと決まった後、座に付く。横から見ていると、あの女形さん独特の胸を張った姿がよく似合うと思う。春猿さんと知らなければどんなに年増の役者さん? と思いたくなるようなゆっくりと、落ち着いた、イントネーションもきちっきちっとした台詞回しの中で、桔梗をほめる「おぉ、おぉ、、、」の言い出しだけが聞きなれたお声。う〜ん。お稽古されたんだろうな、すごく。
  • で、後はひたすら光秀と春永のやりとりを耳にしながら春猿さんを見つめる数十分。ずっと目を伏せておられるのだが、台詞の直前に春永をすっと横目で見上げるのがなんとも色っぽく、怖い。どう考えても姉さん女房だな、あれは。暴君春永を手のひらの上で転がしていそう。
  • 大きな花かごに活けられた夕顔と紫陽花*1が薄い色でかわいらしい。そのすぐ横に座する春猿さんですが、ちょうど背後には赤と白の牡丹が大きく描かれた金の襖が。華やかな花たちに囲まれて、それでも存在感を全く失わない。すごいぞ、と思う。
  • その奥の襖には木目に睡蓮が描かれている。ちょうど今月、とある美術展で木の板に粉を乗せて睡蓮を描いた日本画を眼にしていたので、なんだかそれを思い出す。
  • 海老蔵さんの後ろには後見が付かれているのですが、見事に隠れていらっしゃるのだな、と感心。高座の陰に這い蹲るようにしていらっしゃいますからね。
  • 背景はほとんど見えないのだが、床の間に鷲が飾ってあった・・・と記憶している。
  • 光秀の春永への挨拶で、「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極・・・」なんて、現代に使ったらかえっていやみに聞こえるけれどな、この時代には当然のものだったのだな、とうなずきたくなる思い。
  • 日吉丸、それから皐月の切り髪を検める場面では長い、長い静寂が続く。その静寂に耐えられない観客もいるかも・・・と思ったが、それ以前になんだかぴんと張り詰めた空気が伝わってこない。光秀の姿が見えないからだけでなく、春永の動きも含めて舞台全体、緊張感がないのだ。静寂に耐えられるも耐えられないも、その必要がない・・・。
  • そういえば、「成田屋」と「春猿」がよくかかっていたなぁ。よく聞く声の方だと思うのだけれど・・・。落ち着いたリズムでかける方、ですね。
  • 引っ込みで見せる”キメ”は見ることができなかったのだが、立とうとして膝をぽんと叩くところ、こっそり覗く蘭丸に気付くところ、などさすがにピリピリした空気が漂っていた。
  • 第二場、幕開きの連歌の場面では芝雀さんのおっとりおっとりした奥方ぶり、それでいて光秀を案じるかわいらしさに目を奪われる。寿猿さんは相変わらず。大ベテランに対して言うのもなんだがとにかく、お芝居が上手い。
  • 松也さん桔梗と芝雀さん皐月がなんとも仲の良い義姉妹に見えた。しっかりした桔梗なのだけれど、「お姉さん、どうしよう・・・。」といったような。
  • 切り髪のところを知らされる件、「そ、それは・・・」と顔色が変わっていく様子も、そして顔を隠してしまいたくなるような恥ずかしさも、その皐月の気持ちひとつひとつが順を追うようにに伝わってくる。
  • 場面は進んで上意を伝えられ、切腹の意思を見せる光秀。『仮名手本忠臣蔵』の塩谷判官でも思ったことなのだけれど・・・あんなにたくさん重ね着していて、表からは全くそれが感じられないのが不思議だ。
  • 暗闇の中で三方を運んだ桔梗が光秀に向かって「嫌です」というように首を振っていた。
  • ”辞世の句”は、実際に舞台上でしたためていたようだ近くなら、墨の匂いがするのかな・・・。
  • 最後は信じられないほどの急展開を見せる。いつの間に三方を踏み割ったのか。気が付いたら使者二人が倒れ、仁王立ちの光秀の足の間から後見さんが片づけをしていらした。
  • 亀蔵さん但馬守に刀の血を拭かせながら、高笑いでの幕切れ。定式幕が完全に閉まり拍子木の音が消え拍手が消えてもまだ・・・笑い続ける声は、本当に怖かった。

船弁慶

  • いつもながら、正面にずらっと居並ぶ鳴り物さんたちは美しい。
  • 向上を述べる団蔵さんの姿が全く見えない。が、所作舞台に足袋、おまけにすり足で音がしないはずにも拘らず舞台の中央へと近づいて来られるのが伝わってくるのだ。
  • 梅枝さん義経、今日は静に話して聞かせるところ、だったかな? 座ったままの舞を見せるところでとっても男らしさを感じた。指先や腕がすっと伸びているところ、頭を下げる角度などがとても美しくて男らしい色気があったんだな。そういえばこの方、お化粧のためか表情がどなたかに似ていると思って見ていたのですが・・・玉三郎さんに似た面差しがないかしら? 眉間の辺りとか、おちょぼ口の感じとか・・・。
  • 昼の部から通した初日とは違い『勧進帳』の四天王とダブってしまうことはなかったはずなのに、どうしても比較してしまう。力強さ(義経と比較するからかも)が違うな・・・とか、扇の扱いがそろっていて美しいな、とか。
  • 菊之助さんが登場した瞬間、客席からざわめきが。なぜだかよくわからなかったのですが・・・美しすぎたのでしょうか。
  • あれあれ。後見が菊十郎さんに見えるのですが、午前中に歌舞伎座で殺され&裁かれていらっしゃらなかったかしら? 見間違い*2
  • 菊之助さんの美声が聞けなくて本当に残念。特に謡のところは、ちょっと苦しかった。でも、かえってこれで「あ〜そうか、男性としてはこんな声をなさっているのね。」と納得できた。弁天の時は、わざと平らな声を出されているような気がしていたので。
  • 知盛の霊が現れ義経が片肌脱ぎ(?)になるところで、畳まれた羽織がうまくしまい込めず、後見さんが二人で大奮闘されているのがよく見えてしまいました。ぐらぐらぐらと大きく体を揺らしながらも、何事もなく義経で居続ける梅枝さん、プロだな〜と感心。
  • 狂言のお三方はほとんど見えず。ですが、真下から突き刺さってくるような声を楽しめる。「あ〜りゃ」「あ〜りゃ」と続ける声、なんだかものすごく高く聞こえるのは松也さんのお声?
  • 弁慶に責められてくるくると本舞台上を回る知盛の見開いた目や、口がとにかく、、、おそろしい。あれは上からしか見えないものだな。しかし菊之助さん、顔がちっちゃくていらっしゃる。


廊下に出て持参のお弁当を食べていたら、どこからか”ウィーン、ガチャガチャ”とものすごい音が。舞台上で何かしているのかな? と何気なく客席に戻って見回してみると・・・
大きく開いた鳥屋からリモコンでワイヤーを操作している裏方さんとばっちり・・・目が合ってしまってびっくり。そうか、次の演目では宙乗りがあるんだ・・・って、目の前じゃないですか、海老蔵さん。気付いていまさらながらに仰天。

義経千本桜 〜川連方眼館の場〜』
この辺、千穐楽に一階席で見た印象とごちゃごちゃになっているかも。

  • 下手側から見ると、上手奥の衝立(几帳?)の裏まで見える。衝立の模様は梅、桔梗、あともうひとつなんだったかな・・・。後ろの襖には桜の模様。なんて豪華なんだろう、と心のスイッチがONになる。
  • 宙乗りの最後に噴き出してくる桜吹雪もいいけれど、舞台一面にかかる桜は、いつ見ても幸せになる。ああ〜、吉野に行きたいな。
  • 静&義経と忠信とのやり取りまでは、なんとなく空気がゆ〜っくり動いている印象。「出あえ〜!」に応える若者たちの声で、空気ががらりと変わる。そういえば、花道か奥の部屋以外からの登場をあまり見ていない気がするな。亀井と駿河が上手から現れるのがなんだか新鮮だった。『馬盥』の蘭丸を「若いぞ〜若いぞ〜」と暗示をかけながら見ていたためか、同じ拵えの猿弥さんが少年のように見えて男女蔵さんとのアンバランスさを感じてしまった。
  • 退場もまた。既に拍手も消え観客の意識は中央に戻っているのに、最後の最後まで肩の辺りから指先まで緊張感を漂わせる猿弥さん、素敵でした! これがまた、楽屋に戻られると面白いことを言い始められるのだろうな、と思うといっそう。
  • 静と狐のキメ場面、狐は階段に沿ってえびぞりをしているのか・・・と思っていたら、正座した状態でぐっと後ろに沿っていたようだ。新しい発見。すぐに起き上がるけれど、頭に血が上っちゃったりしないのかな、と要らん心配をしてしまう。
  • 狐の正体を現す直前。西側席の特権(?)で、切り込みの下で黒衣さんが忙しく動いていらっしゃるのが見えた。ついでながら、欄干もああ〜そうなのか、とか。お芝居を楽しむのもいいけれど、舞台の工夫とか裏を見るのが好き。役者さんを見ているより面白いかもしれない。
  • 前回(初日)は猿之助さんにそっくりなお化粧の顔を見ながらだったから、かも知れないが台詞回しもさすが受け継がれたんだな、と思っていた。それなのになぜか今回はふわふわふわ、っと捉えどころのない感じ。台詞回しだけで言えば、静の笑三郎さんが「さ」行とか語末の消え入り方で猿之助さん独特の言い方をよみがえらせて下さってしまったので、よけいに狐が遠くなってしまったのかも。(筋の通っていない文でごめんなさい、どうしてもうまく表現ができません。)
  • 前回「おおっ」と思った階段の一足飛び、一段ステップにしてから飛び上がっておられましたね。
  • 階段の下で「この一年、お側にお仕えしてきたけれど・・・」と泣く後半。動きは滑稽にすら(失礼!)感じたのに、その緊迫した声にちょっと涙ぐんでしまう。どこが良い、と言えないのがもどかしいのだけれど全体に幸せやエンターテイメント性にあふれた舞台だけに、ここのしんみりした感じが胸に迫って、よかった。静の目も心なしか潤んでいるような・・・というより、笑三郎さんの表情がやさしすぎて、もう最高!
  • 義経の言葉に感動して欄間抜けで再び現れる・・・のは良いけれど「もったいなきそのお言葉・・・」という台詞は入らないのでしたっけ? 聞き落としたかな? 突然、鼓を賜って喜ぶ場面に移るような印象で、ちょっと唐突さを感じた。
  • 荒法師たちを操りつつ、桜の木の下の戸口へ飛び込むと間髪いれずその上に台が押し出され、再び狐忠信・・・の吹き替えさん登場。お二方の役者さん&裏方さん達、すばらしいタイミングです。めったにない機会だと思ったのでしっかりと見せていただきました。ので、荒法師さん達ごめんなさい。ここまでで海老蔵さんずいぶん汗をかいておられて衣装も体に張り付いてしまった感じだったので、吹き替えさんにはすごくさわやかな、真っ白な風のようなものが一瞬吹いたと思った。楽しそうな、それでいてどこか余裕を感じさせる狐忠信。
  • ”あっ”という間もなくワイヤーが軋んで、海老蔵さんが昇ってこられる。それはそれはすごいスピードだった。横のお姉さん達が海老蔵さんファンだったらしく、思い切り乗り出したり手を振ったり声をかけたり・・・楽しそうで良いな。・・・私は初日と同じく、ただひたすら手に汗を握っているしかできなかったもので。小さく曲げた足が天井にぶつかるのでは、と心配になるくらい腰を吊り上げた体勢で、それはそれは楽しそうな海老蔵さんでした。
  • 一瞬、正面から目が合ったような気がしたのですが、妙に醒めていた私。今考えると、あれは既に”人間の眼”になってしまっていたからではないかと。むしろ、始めに出てきた本物の忠信の方が血走ったような眼をしていてぞくっと来たな。優しくて、可愛くて、幸せで。そんな場面でいいのだけれど、どこかこの世ならぬものを感じたかった、のかも。
  • しつこいけれどもうひとつ「今思えば」。宙乗りは、大空に飛ぶ時とか違う世界に旅立つ時とかそんな場面を表す”手段”なのだろうと解釈している。狐忠信もただ故郷の森(?)に帰るだけではなく人間とは違った妖しの世界に消えていくからこそ、宙乗りでの幕切れがすばらしくて、不思議な印象を与えて一日を終えることができるんだろうな。だからこそ、お客さんは夢のような心地で芝居小屋を後にするんだろうな、と。それがなんだか、”海老蔵さんの宙乗り”ということで既に現実の世界に帰ってきてしまったような、そんな印象があるのだ。劇場が一体になる、という点ではすばらしいのだと思うけれどやはり舞台と客席、役者と観客の世界の間には超えられない一線が欲しいように思う。偉そうだけれど私にとって、一週間以上経った時点での一応の結論。
  • 花びらいいな〜、ほしいな〜と眺めていたら、右の首筋に一枚はらり、と。命があるような不思議な花びら。落とさないように、とそちらに集中しているうちに海老蔵さんは消えてしまわれました。でもなんだか、私のところに飛んできてくれた一枚の花びらが愛おしくてふと、気が緩みました。

*1:がく紫陽花っぽかった。

*2:本当に菊十郎さんだったようです。掛け持ちされているんですね。