三月大歌舞伎 通し狂言『義経千本桜』昼の部

『鳥居前』
本日はちょっと遅刻。客席へ上がって行くと、紅白の梅が咲き乱れる中で静御前が泣き崩れていました。一目見て、福助さん静御前梅玉さん義経だとわかる。なんだろう、お二人とも、役である前に役者さんそのものなのだ、いつも。
遠見の景色が本当にのどかで、美しい。畑があって人が住んでいて、その信仰の中心として神社(お稲荷さん)がある。
強そうな、菊五郎さん忠信。手のひらにまで赤い隈取があって、少し驚いた。狐六法での引っ込み、例によって三階席から花道を観ることはできない。けれど、定式幕に映る影が本当にバランスが良く、またテンポもとても良く、理屈抜きに「すばらしいな。」と思った。
あっという間の序幕・・・約30分だからね。。。


『渡海屋』
女房たち、さすがベテランの女形さん達だけあって声にハリと味があるのにまず嬉しくなる。
お安こと安徳帝は原口智照くん、女の子(一応)の役だけれど、そしてまだ初日開けて間もないのだけれど、ほんの少しピッチが低めの声で彼だとわかった。千秋楽まで、どうかがんばって欲しい。それにしても、七月の『山吹』で「なむだいし、へんじょうこんごう〜。」と唱えていた時には舞台に上がっているのが心配なほど小さかったのに、11月の千松と言い、この後の場面と言い、いくつも役をこなして子役らしくなっているのではないでしょうか(と、偉そうな事を。ごめんなさい)。
藤十郎さんお柳が奥より登場。拍手のタイミングと、大向こうと。いくつもの”歓迎”がぴったりと重なり、嬉しくなる。当たり前と言えばそれまでだけれど、息を詰めて役者の出を待つ、タイミングを計る、そして拍手、といった舞台と客席の空気の流れみたいなものを感じられる時、なんとも言えず気持ちがいいのだ。
いつもながら武士役の高麗蔵さんはなんだかな・・・不思議なお顔とお声になってしまうのだ。
惟盛を演じられていた今日の幸四郎さんは、聞き取りやすかった。そういう役なのかな? むしろ、藤十郎さんの方が聞こえなくなることもあったのだが、こちらは特徴あるお声なので耳(と目)が勝手にお柳の方を向いてしまう。
お柳の物語り、と言うよりアレはのろけと呼ぶべきなのでしょうか。声の使い分けがとても素敵だった。もう少し続けば、うっとりとできたのにな。。。


『大物浦』
少し前まで、”おおものうら”と読んでいた私・・・それはともかくとして。
前の場面ではあまり心に入ってこなかった藤十郎さん典侍局だが、ここで乳母としての姿を見せ始めてからはぐんぐん惹き込まれてしまった。まず、赤い長袴が階段に映えた見得はもちろん、安徳帝を抱きかかえて建物から降りてくる場面。かなり危なっかしくて後見さんにすがりつくような形にも見えてしまうのだけれど、女性らしい必死さが見える。それから、伊勢神宮に手を合わせる安徳帝を見守る表情。ここは結構な為所なのでは? と密かに思っているのだが、イヤホンガイドの解説によれば「命を奪う決心も揺らいでしまいそうな」場面だとのこと。可愛くて可愛くて仕方がない、そんな表情です。
本当に、ここの智照くん安徳帝は可愛らしい中にも品のある立ち姿をしている。子役さんは、ともすれば誰でもできるような印象を持ってしまうけれどやはり、繰り返し舞台に立つということは何か特別なものを持っているのかもしれない。


『道行初音旅』
楽しみにしていた、芝翫さんの踊り、静御前。花道での最初の見せ場は全くと言っていいほど見えないのに、白い袖から発される光が見えるような気がした。
可愛らしい、可愛らしい静。本当はこの幕、可愛らしさより色気が出るらしいのだが、想像していたより動きが幼い(若いのを通り越して)のにもう、頬が緩んでしまった。まあ、前回が『熊谷陣屋』の相模だから・・・。
なぜか、菊五郎さん忠信が梅玉さんに見えて仕方がなかった。なんでだろう? あの、若衆姿のイメージだからか? 熱を持ったような目の辺りが似てるんだよね。
そうそう、芝翫さんの後見は若手のお弟子さんだったが、引っ込む時の歩き方が美しくて目で追ってしまった。
じわりじわりと心に桜の花びらが積もってくるような、そんな温かい感動を得られた一幕。さすがは、大御所揃いだと思った。逸見籐太の仁左衛門さんも、もちろん好きだ。


ふと、今日の舞台を別の役者さんに当てはめて思い浮かべてみた。というのは、猿之助さん一門がこのお芝居をする時(通しか見取りかは記憶が定かでないのだが・・・)は静御前を『鳥居前』春猿さん、『道行』笑三郎さん、『四の切』笑也さんの配役でされるという話を読んだ事があるからだ。初めての『鳥居前』を観ていてなるほど、この感情的で可愛らしさにあふれた静は春猿さんのイメージだ、と思った。『道行』の清らかな中にも肉感的な色気を感じさせる静はやはり、笑三郎さんだし、清楚で気が強い『四の切』の静は笑也さんだ。なるほど、よく配役されていたのだな、と思うとともに、やはり観てみたかったという残念な気持ちにもなる。


夜の部はいつ観られるのでしょうか・・・。本当に、楽しみです。