国立劇場 3月歌舞伎公演『初瀬/豊寿丸 蓮絲恋慕曼荼羅』

待ち遠しかったこの3月、この舞台も、今日が千秋楽(漢字は、ごめんなさい)となりました。今頃は、楽屋の片づけが行われているのでしょうか。

観劇日:3月11日(日)・3月18日(日)

11日は一人で、18日はあまり舞台を見慣れていない友人達と。心がゆ〜ったりとするような、日が過ごせました。

第一場


幕開きは、場内が暗くなるのと共にぽつり、ぽつりと語りだすような、もしくは足音を立てるような琴の音で。下座音楽は使わないと聞いていたのであれ、と思いましたが、頭上から音が聞こえてくるので納得しました。
ふらふらとさまよう人々(乞食たち)、なんだか『羅生門』の世界だな、と思ってみたり。
二度目の観劇では、この時点で喜昇さんをはっきり見つけ出すことができてしまいました^^体形か・・・演技か・・・
名もない”人々”の中から浮き上がってくる"個人"が、段治郎さん豊寿丸。足取りがゆっくりで、一瞬、美しい鬼のようだな、と感じました。このさりげない登場の仕方、オペラを思い出して少し懐かしくなりました。
11日にはここで拍手があったのですが、18日には完全にしーんとしていました。その代わり(?)第一場の切でぱらぱらと起こっていました。


笑三郎さん乳母に伴われ、というより引っ張られ、と言った方がしっくり来るでしょうか、玉三郎さん初瀬姫の登場です。どこか幼く見える、お姫様です。
11日、上手側の席ではわかりにくかったのですが、18日、中央に近い席からは色彩がとても良く目に映りました。ここでの月絹の袖から覗く抹茶色と山吹色の重ねが映えて美しいこと!
屋内に場面が移るきっかけは、お二人とも舞台奥へ向かい、侍女が旅装を解くという簡単なものでした。ふと、打ち掛けの裾をあげるのは大変なんだよな〜、と思い出したりしていました。何もない舞台の中央に、ただ二人だけが坐って語り合う、なんだか、野原の真ん中のようで落ち着かない気持ちになってしまいました。


ここへ再び豊寿丸が登場します。衣装が4種類ほどあったように記憶していますが、この場面が一番鮮やかで美しかった、と私は思っています。青っぽい狩衣から鮮やかな橙が覗くもの、だったかな。どうにか初瀬と二人きりになりたい豊寿丸の強引さは、なぜか少しも不快に感じないのです。むしろ月絹を見て、きっぱりしていて、意志が強くて、責任感と愛情にあふれた乳母でも主の御曹司(弟)には逆らえないのだな、という歯がゆさを感じてみたり。ここで力づくでも思いを遂げようとする弟君なのですが・・・。この場面だけはどうにも、冷静に観てはいられませんでした。もう、こっぱずかしいの一語。
これまでに観た舞台、特に歌舞伎でも濡れ場はあったわけだけれど、そこに義太夫だとか音楽だとか大道具があったから”見せ場”のひとつとして見ていられたのだと思いました。二度目にはこの点、かなり冷静でいられました。覚悟していた、という理由もあるけれど、一番大きかったのは演技が練られていた点です。捨て台詞に叫び声だけでなく言葉が入っていたこと、いったん下手に隠れて豊寿丸の冠を落とす時でも初瀬が舞台正面に向って演技をしていたこと。そうでなければ、あの舞台袖でいったい何が起こっているの!? と心配でたまらなくなってしまいますから。


右近さんお母様、素敵です! 折檻の場面では気持ちが良いほど扇が鳴り響いていたのですが、最初の数回は本当に叩いていたわけでは・・・ないでしょうか? 18日には髪の毛を掴む時の表情など、間違いなくエスカレート。息も荒くなって、さぞ舞台近くにいたお客さんは恐ろしかったのではないかと思います。
門之助さんお父様の前で「カーッ」と泣いて見せるのも、笑ってはいけないと思いながら・・・だって、どうしても「ガーッ」と聞こえるのですから。始めは、そういう役として演じていらっしゃるのかと思っていましたが、後で明かされる事実によると、ここは本当に泣きまねをしているのでしょうね、きっと。


それにしても、月絹乳母のなんて優しい表情なんでしょう! 憔悴して泣いている初瀬の背中を撫でるのなど、演技には本当に見えないのですから。だからこそ、初瀬が不義を認めた時の動揺は誰よりも、豊寿丸よりも、大きいものに見えました。もちろん、それが事実ではないと知っていても。

第二場
桜が満開の山道で、猿弥さん嘉籐太が先導する木の輿と長持ちが進んで来ます。これ、きっと粗末な輿なのだろうな。従う月絹が不審を訴えるのに、嘉籐太いきなり剣を突き立てるように見えたのは、勘違いでした。二度目の際に借りたイヤホンガイドによると、当て身を食らわせて気絶させたのだそう。本当に殺したのだと思い込んでいたから、「ああ、もう笑三郎さんの出番はお終い?」と残念に思ったり、初瀬が「月絹には手をかけてたもるな。」と嘉籐太を諭すのにハラハラしたり。後ろを向いた玉三郎さん初瀬の整った美しさ。