三越歌舞伎 その1

今の私には贅沢すぎる催しか、と迷いましたが、心を抑えきれず、行ってきました。以下、観劇レポートをアップします。

いつも女形に注目しますが、今回は特に市川春猿さん(3月の『当世流小栗判官』ですばらしさを再確認しました)を中心に書いています。つまり、主語が無ければ春猿さん(桜丸or小菊)について書いているということ。勉強不足の点、また、興奮冷めやらぬままに書いているので不適切なところがあるかも知れませんが、お許しくださいませ。

それから、なんとワードで5枚にも登る大作(!?)になってしまったため、2〜3つに分けます。

三越歌舞伎 観劇レポート(2006年6月19日月曜日)

さすがは日本橋三越、特に劇場のある6階は格が高い! 飲まれつつ、チケットを引き換え、プログラムを買って、座席へ。そっか〜。お芝居って、劇場内でお弁当食べたりお酒飲んだりするのね。

『菅原伝授手習鑑』は好きな物語の一つですが、劇場で見るのは初めて。しかも、『車引』は全くの初めてでした。私と歌舞伎の出会いである『マンガ歌舞伎入門』でも、この場面は一ページのみ、時平の「轍にかけて轢き殺せぃ。」と梅王・桜丸の「車、やらぬ」しか知りませんでした。車を止める、たったそれだけの場面にどんなお芝居が込められるのか、楽しみにしていました。

『車引』*1

最初の音楽「ジャン」で、一気に緊張が高まる。義太夫さんの声がすぐそこで聞こえる。小さい劇場、なんて素敵なんだろう。これは楽しみ。幕が開く。あ、足が見えている、国立劇王バージョンだな、なんて思ったりして。そして、梅王丸桜丸の登場。。。あれ?花道からは一人だけ? 梅王か? と思えば、反対側からもう一人。どっちがどっち?・・・いやいや、猿弥さん春猿さんを見間違えるのは難しいです(笑)。春猿さん、足が驚くほど細く見えますね。赤い色が足元に良く映えて。拍手は・・・し損ねました。

第一声、調子はどうかな? と心配していました。というより、どんな声なのか想像もつかなかったので。ひとことでは、とても聞き易い、という印象。気持ちがいい。そのまま年増女役ができそうな台詞回しだった。腰掛けてからのやり取りでは、桜丸の浪人としての心情や、半分近く死を覚悟するような姿勢が、とても伝わってきて。この後の場面に続くのがとっても良くわかりました。

ここでは、笠の少し空いた部分が梅王丸の方に向いていた(曲がっていた)こと、衣裳のすそをしきりに直していたこと、手を置く時にそろえるように、丁寧にしていたことが気になりました。全て演技? だったのかしら。あ、あと、お二人とも声があまり通らなかったこと。でもこれは、笠を被っていたためでしょうか。泣く演技は、なんて美しい! 涙でぬれた手をそっと握ってふるうところ、泣きと、それをこらえる心情が見えてぐっと来ました・・・まだ早いって。


お待ちかね、笠を払います。おおっ、美青年! いかにも女、風の顔をお持ちなのかと想像していましたが、男らしい、しっかりしたお顔なのですね。細い首がふわっと動いて・・・あれ? 見得を切ったの? この後のやり取りはあまり記憶に無く、いったん退場です。短い花道って、あれですね? 猿弥さんの型、一瞬「あれ、何六方?」と自分つっこみしそうになりました。後に続く桜丸、足早に、お上品に。



明けるとそこには、車と侍丁。御簾の間から、端にいる方まで見えるのがとても良かった。兄弟の登場。手をクロスするのは「すくみ」の形? よくわからないので、そう思い込んでおいた。松王の「まぁ〜てぇ〜」どなたのお声かと思いました。これが、段治郎さん、なんですね。一方の春猿さん、相変わらずの美青年。熱気ムンムンの梅王丸の横で、なんだか冷めている桜丸。というより、ご自分の動き以外のときは、お芝居とは違う世界に春猿さんでもない、桜丸でもない、青年が一人いる感じ。なんでだろう? 見事なまでに、色気が消えていたので、冷静に見ていられました。しきりに、目をしばたいていらっしゃるのが気になった。猿弥さんが、かっっと見開いて松王をにらんでいるから余計に。


今(観劇後2日経っています)になって、というより日が経つにつれ、あの不思議な浮遊感は桜丸が感じている世の儚さ、とか桜丸の持つ空気が見えていたのかしら? と感じられてなりません。だとしたら、その透明な雰囲気を思い出すだけで「私は桜丸の分もしっかり生きるぞ!」とか心がしゃきっとしてきます。

ちょっとここでお芝居から離れるけれど、女形のお化粧は、本当に色気をかもし出しているんだな。特に目の周り。今回は、梅王が赤い隈取、桜丸はあれ、なんて言うんだろう? 女形の時はぱっちりおめめが強調される春猿さん、今日は「目はどこ?」と言いたくなるくらい細く見えた。。もしかしたら、ずいぶん乾燥していたし、ライトとかで辛かったのかも?*2

あ、花道からの登場、斜め右うしろからの横顔(うしろ顔)はいつもの美しい春猿さんでした。つまりは、女っぽい色気が出てしまっていたということなのだろうけれど。。。それぞれの衣裳を現しての口上(これは引き抜きではないですね?)では、ちょっとタイミングがずれたかな? 義太夫さんが春猿さんに合わせていたので、ちょっとお芝居が止まってしまった感じでした。それとも、そういう場面なのかな? う〜ん。

普段はめったに、というか絶対に見られない春猿さんの(大)立ち回り。ツケが付くのに「バン!」というより「ストッ」という音が聞こえて来そうな形。しかしそこに時平登場! 薪車さん、知らなかった逸材でしたね。そこだけ、三越では無くて歌舞伎座みたいな。場が重々しく引き締まりました。松王の言葉に「キッ」とにらむ二人。梅王は感情のままに、桜丸はタメもあざやかに、こっちがすくみ、震え上がりそうになりましたよ。


桜丸、最後の長台詞、ここでの声はすばらしかった! 心の迷いを振り切った、いや、最後の覚悟を決めたかのような力強い声。どことなく、猿之助さん(ただし女形をされている時)に似ている気がしました。声帯を上のほうに持ってきて、喉の前の方で出すような(ごめんなさい、こだわっています)、ちょっとざらついた、でも光のある声。

梅王桜丸が掛け合うところでは、後から追いかける猿弥さんに喰われ気味だった春猿さん。実は地声が低いんですか? けれど、お二人の声が時々ハーモニーを作っているのがなんとも美しい。歌舞伎ではめったに無い事だけれど、お若いくて声に透明感があるから、でしょうかね。

もう終ってしまう〜。そう思って食い入るようにみつめ続けていたら、最後の見得で切れ長な目に吸い込まれそうになり、息が止まりかけました。



幕が閉まるなり、舞台ではトンテンカントンテンカン。あはは(汗)。しばらく、現実に戻れませんでした。周りでは皆さま、お弁当タイム。

先にも書いたように『車引』は初めて観るので、どこまでが型・演出でどこからが役者さんの個性なのか、わからないことも多くあります。桜丸については特に。いくつか写真資料を見て、一つだけわかりました。
春猿さん演じる役は、桜丸に限らず指先がとてもきれい。美しい。ピンと伸びているだけでなく、反り返ったところに優しさと、強さが表れているように思います。見た目がそれなら、もう一つ、兄弟たちの心情が心にぐっと迫ってくる、三越歌舞伎の『車引』にはそんな特徴もありました。

*1:役者は緑色、役は紫色をつけてあります。

*2:びんちょ♪さまによると、他の舞台でもわりと瞬きが多い、そうです。女形だとそれが目立たない、もしくは、それが色気をかもし出しているので気にならないのかも知れませんね。