三越歌舞伎 その2

投稿日は違いますが、『車引』と同じく19日にまとめたものです。

女殺油地獄
 定式幕が開くと、そこは、うららかな春の川べり。菜の花と桜が大好きな私は、本当にぽわ〜んと癒されていました。参詣の女たちの中では、喜昇さんしか見分けられなかったけれど、舞台栄えする役者さんですね。


 お吉さん登場。良くも悪くも笑三郎さん。子役の手を引くだけでなく、胸に赤ちゃんを抱いていたのがよけい母親らしさをかもし出していました。赤ちゃんにも名前があるのね。えっと、「お団」だっけ? 「これ、茶店の主」このお芝居でも何度か聞く台詞なのだけれど、どこかで聞いたような・・・あ、3月の『小栗判官』だ。


 獅童さん与兵衛笑三郎さんお吉さんのやり取りの後、小菊登場。土手のうしろで声がしていたのだけれど、どれだかわからず・・・ちょっと、いつもの澄んだ声とは違ったのよね。普通の、女形さんの声。現れた小菊さん。拍手!「でかい・・・?・・・?・・・?」なんだかとても、大柄に見えた。不思議だなあ。「ああ、せいせいした。」何に、かは聞き取れなかったのだけれど、一瞬「女の姿になれて?」とかボケたことを考えてしまった。

 与兵衛に擦り寄る場は、もう本領発揮! それより、もう一人のお客を「しーっ」と抑える所は、地に見えましたけど^^。「小菊の名前が一つ出れば、与兵衛の名前が三つ出るほどの・・・」の件(くだり)では、春猿さんの「みっつ」がとてもきれいな関西弁ではっとしました。イントネーションだけでなく、「」の部分での喉の使い方や「」での息の出し方が、東と西で微妙に違うんですよね。難しい、ほんのちょっと勉強しただけの私にはできません。襟に覗く赤い襦袢は、おしゃれなんですね。なんとなく、桜丸の衣裳を思い出していました。与兵衛が胸元に手を差出した時は、思わず「やめてっ」って言いそうになりました。演技に見えなかったというか、本気で襲われそうな気がして。

 あっという間に退場で、一気に力が抜けてしまいましたが、最後までちょっとおどけた表情がかわいかった。あ、「かわいい」って言葉使わないようにしようと思っていたのに。*1表情といえば、小菊は本当に表情が大きく見えました。桜丸で表情の変化が抑えられていた分、こちらは豊かを通り越して大きかった!嵐のように通り過ぎた美女でした。


 あ、子役光ちゃんの「おび解いて〜」には、思わず「待ってました!」と言いたくなりました。*2くすくすくす。。。この子役さん、お吉さん与兵衛の掛け合いの後ろで花を見る時や、茶店の中を覗く時、三幕で戸を開ける時、とても美しく動くんですよね。よくお稽古しているな、うらやましい。

 二幕では、妹おかち役の欣弥さんに注目。予想以上にすてきな、決して華があるわけではないのだけれど、可憐でもないのだけれど、すてきに場を引き締めていた。声が、とても澄んでいて綺麗だった。この役、春猿さんもされたんだよね、とか思いながら観ていたから、かな? その後はあまり気分のいい場面ではなかったので、ここまでに。



 油屋。お客相手をしているお内儀お吉さん。その奥で、子役の光ちゃんは鏡に向かって何をしているの? と思えば、「かかさん〜。櫛の歯が欠けた〜」。。。なんて縁起が悪い! 帰ってきた段治郎ととさん、お酒もそこそこに出かけていきますが。ちょっと待って! お吉さんとは、これが今生の別れなんだよ! もっと顔を見てあげて! 光ちゃんだけじゃなくて、お吉さんにも声をかけてあげて! そう、叫びたくなるような切ない場面(私だけ?)。そんな叫びにも気付かず(当たり前じゃ)、きれいに手を付いて夫を見送り、子どもを寝かせるお吉さん。あ、段治郎さんには登場にも退場にも拍手が^^。


笑三郎さん、もう何も言えませんわ。「もう寝ねしような」ああ、また『小栗判官』がよみがえってくる。優しく、たたみ掛けるような声がけ、現実に父親になっても、子どもにあんな風に接してあげてほしいな。

ここでは獅童さんの花道での台詞まわしがよくテンポに乗っていて(義太夫さんと息が合っていて)、安心して聞けた。獅童さんは、全体的にはいただけなかったけれど、ちょっとした間とか仕草に品がある、ような、ない、ような。この場面と、一幕の引っ込みで手ぬぐいで顔を隠すところは、それなりに、叙情的だった。老両親の寿猿さん坂東竹三郎さんは、力の入らない演技でありながら、一瞬の隙もないすばらしさ。計算しつくされたところで笑いを取ってしまう、さすがベテラン。ともすればさっさと先に流れていきそうなお芝居を、ぐっと引き絞る(引き締める?)演技でした。特に寿猿さんの「もったいない、もったいない」には神々しさすら感じたような。

 
土間では父と母の愁嘆場、ふと座敷を見ると、障子にお吉さんの影が。う、うつくしい〜。銀杏のような結い髪がとても似合う笑三郎さんでしたが、これから先、映る影に本物以上にうっとりでした。母の言葉一つ一つにうなずき、こっそり涙を抑えるお吉さん。声を振り絞るのではなく、こういった小さな演技で魅せてしまう笑三郎さん、なんなの、この人? とあらためて思ってしまう。美人なわけでも、声が格別きれいなわけでも、失礼ながら無いのに。華がある、とも言えないのに。どこで身につけた、そのまっすぐな心、という感じです。

 さあ、最後の大場面。ここでも表情に注目。「もう知りませんよ」と無表情を決め込む、与兵衛に迫られて上げた声は、その無表情があったからこそ生きた。こんな色っぽい役を見るのは、始めてかも? そしてこの後も、畳み込むように与兵衛を諭すのにじ〜んと来る。

与兵衛に頼まれ、油をとりに立つお吉さん。あれ? で・・・か・・・い? 一幕の小菊同様、珍しく大柄に見える。きっと、舞台の関係で家の枠組みが小さかったから、でしょうね。時を告げる鐘が鳴る。。。壁に映る刃の影は、見落としました。恐怖に駆られながら与兵衛に何を持っているのか問いただすお吉さん。表情はあまり変わらないのだけれど、体の動きが若い娘らしく・・・そういえば、27歳の若お内儀なんだっけ。ここでちょろちょろと音が、、、出ましたよ、油。この後もっとすごい事になるとは考えてもみませんでした。


 いったん帳場の後に隠れて、笑三郎さん再登場。髪振り乱し、「死にとうない、子どもを置いて死ねない。」すごく、娘っぽかった。変な話だけれど、若かった。そういえば笑三郎さんが死ぬ(役をする)のも、結い髪を下ろすのも、見るのは初めてだと今更ながらに。カラミでは、なぜか落語の『つるつる』が頭の中を回っていました。関係ないのにね。お吉さんの衣裳がうっすら赤く染まっているのが、油なのか血なのか・・・幻想的でした。

仰向けに転び、起きようとしても起きられない、なぜか色っぽい。与兵衛の転び方は吉本の司会者みたいで、、、う〜ん。とどめを刺そうとする一回目の場面で、笑三郎さんが肩越しにチラッと後を振り返る。・・・

あ〜あ、ここだけ素が見えてしまった。。。思いっきり反って作る見せ場、でも、土間から落っこちたら危ないからスペースを確認していたみたいです。

それでも逃れ、畳に倒れこみ、逃げ、髪をつかまれ、そして・・・。死んだ後の表情が暗くて見えなかったのが残念。一回前列の方はばっちりだったことでしょう。死ぬ時ってたいてい、顔を隠すようにしたり楽な体勢になるものだから、あれは幕が閉じるまで辛かったでしょう。首の部分だけが座敷から落ちていたのだから!


 赤ん坊の泣き声二度、犬の遠吠え。あのまま行灯に灯が燈って、お吉さんが化けて出るんじゃないかと本当に怖くなりました。だから、『小栗判官』じゃないんだ、ってば。



“油”よけのビニールシートは、4列目くらいまで配られていたみたいです。幕が閉まったとたん、「お疲れ様でしたー」の声とともにモップがニュっと出てきたので、ああ、大変だな〜、と。最後まで、劇場に残ってしまいました。係員さんごめんなさい。あ、テレビカメラと写真が入っていました。

観劇から3日近くが経ちましたが(22日)、追記です。*3

*1:今回の観劇で感じて、書きたかったことの一つは春猿さんの男性性だから。桜丸の持つ透明感と、後に書くおまけで、それが心に響いたのです。

*2:びんちょ♪さんの記事を参照してください。

*3:長くなって見難いので、22日へ移動しました。