秀山祭九月大歌舞伎 その2(夜の部)

またまた午後の用事が早く(といっても予想の範囲内)終わったので、夜の部の『籠釣瓶』と『紅葉狩』の幕見に走りました。スーツにパンプス、身体も精神的にもキツかったけれど、思い切り発散できる、華やかで気持ちのいい舞台でした。観ていて発散できるかどうかって、物語の中身とは必ずしも関係しないのですね。

『籠釣瓶花街酔醒』
場内が完全に真っ暗になり、暗闇の中で定式幕の引かれる音がする。これって、ほんとうにわくわくさせます。誰が出てくるのか。どんな舞台が開くのか。いっせいに明かりが点き、桜が満開、華やかな花街に私も含めお客さんから声が上がります。

  • 佐野次郎左衛門吉右衛門さん。ダメダメ男っぷりがとても人間的で、一気に惹き込まれました。吉右衛門さんのイメージはスマートでダンディーな素顔、もしくは俊寛の最後の場面。そのどちらとも同じ方には見えなくて、役者さんてすごい・・・と単純に驚きました。
  • 三味線、囃子方までがお店のひとつに組み込まれている。よくみると、たくさん下げられている提燈がすべて絵だと気付き、ふっ、と頬が緩みました。
  • 見所のひとつ、花魁行列。どんなに楽しみにしていたことだろう。前半の行列、芝雀さん九重は貴族の奥方に見えないこともない。高歯を履いていながら、若い衆(筋書きが手元にないのでどなたかわかりませんが)とほぼ同じ背の高さだと気付きました。女形さんとして、ちょっとすてきなことだと思った(福助さんはどうだったのでしょう。見損ねました)。
  • 華やかな、音楽が好きだ。八ツ橋の髪に着けられた飾りが床まで垂れて揺れるのが、とっても豪華で見とれていました。
  • そして”笑い”。せっかく生の舞台でもったいないかとは思ったけれど、やはりオペラグラスで八ツ橋の表情に注目。花道に入る前で演じておられたので、よく見えました。歌右衛門さん玉三郎さん、そして福助さんとも写真では拝見したことのあった八ツ橋のこの場面。そのどれよりもあっさりと、魔力を感じさせるというものではなかったように思いました。けれど、目つきが鋭い美女、福助さん八ツ橋の笑みは、氷のようなものを感じました。
  • イヤホンガイドで、花道引っ込みでの足使いが特徴的、との解説があったけれど、残念ながら見えず。いつか、花道横で観るんだ! それにしても、あの高歯で一直線に、つまり足を交差させるようにするなんて、どこに重心をかければあんな歩き方ができるのでしょう。男性でなくてはできないな・・・と、つくづく思ってしまいました。
  • 権八をされた芦燕さんの声、台詞回しがとても気分良かった。ずっしりとした声なのだけれど、三味線ときっちり合った七五調が、最後の最後まで崩れない。”釣鐘権八”って、いかにもワルそうな名前だと思っていたらやっぱりワルだったんですね。
  • 店先の場では簡易煙草盆が出ていたが、初めて見るので「なんだろう、あれ?」としばらく悩んでしまいました。他にも八ツ橋から栄之丞へ届けられた着物の包み紙(たとう紙、でいいのかな?)や梅玉さん栄之丞の着替え(着付け)*1など、細かい見所を楽しみました。
  • 梅玉さんがものすごくイイ男で・・・。七月の六助に続いて二度目です。権八の言うことを素直に信じて立花屋へ乗り込んでいくあたり、世間知らずで単純な色男なんてところ、うっとりです。
  • 東蔵さんは初めてでした。目立たないのに、脇役の中ではまとめの位置にいる。こういう方が芸者屋の女房だと、舞台もですが、現実にも良いのだろうな・・・と思います。お若い頃は九重もされているんですね。
  • 床の間ウォッチング! 栄之丞の家の場には刀、廻し部屋の場には木彫りの布袋さん、そして縁切りの場には唐獅子? が置いてありました。お軸はどの演目でも同じものが使われているよう*2・・・。
  • 芝雀さんが本当にかわいらしい。若々しい。これまで観てきたどのお役ともイメージがまったく違った。どこがどう、とは言えないのだけれど、花魁の暖かさとこの方の品の良さ、みたいなものが不思議な溶け合わさり方をしていました。
  • 花魁福助さんの銀煙管がとてもかっこよくて、どんな風に扱われるのか注目していました。長いし、たぶん重いのだろうし、扱い方で優雅にも下品にもなる小道具ではないでしょうか。これが後々の場で活躍するのだけれど・・・。そういえば、花魁はお扇子を持たないのでしょうか?
  • 煙管といえば、梅玉さんは本煙草でしたね。いい香りがしていました〜。
  • 縁切りの場では見所もたくさんあったと思うのですが、私には気丈に振舞う次郎左衛門の精神がずたずたになっている様子が伝わってきました。というのは、八ツ橋に愛想尽かしの理由を迫りながら煙管を咥えたり汗を拭いたりするたびに、そういった小道具が前の畳に散らかっていくからです。手ぬぐい、煙管、扇子、、、歌舞伎の舞台には余計な物がひとつもなくて、その場に必要なくなると後見や脇役の方がお芝居の流れの中で上手く片付けていくわけです。それが、次郎左衛門八ツ橋の間に雑然と落ちている。八ツ橋はそんな物達を気にも留めず、むしろ次郎左衛門もそれらのひとつであるかのような調子で部屋を出て行きます。次郎左衛門が帰ろうとする時になってやっと、九重が手を貸して片付けられる。九重の気遣い、と言いますか優しさに、やっと観客である私の心も慰められました。氷の刃を持つ女、八ツ橋*3・・・。
  • 片付けるといえば、芸者や太鼓持ち達が去ってしまった後、妙にきれいに整えられたお膳や座布団が本当に哀しく思えました。
  • 男性にとって、満座で恥をかかされるのは相当のことなのでしょう。ですが、この場面での次郎左衛門は純粋に愛想尽かしされたのがショック、そんな感じを受けました。
  • だからこそ、大詰に向かうまでの四ヶ月間に国許で何があったのか、何が彼を殺意にまで追い詰めたのかが気になります。
  • 大詰で登場した次郎左衛門は相変わらず良い奴で、私は芸者屋の皆と一緒にすっかり騙されました。それにも拘らず、「今生の、別れの杯」での豹変、八ツ橋の打掛の裾を足で捉える狂気を、とっても自然に受け入れてしまったのです。

救われないのに、始めから終わりまですっきりした気分で観られる不思議なお芝居。理由はいくつかあると思う。

  • 次郎左衛門が底抜けに良い奴であること。
  • 権八と栄之丞を除いては、下心とか疑いといったスパイスがないこと。
  • そして、斬られた女達が命乞いも抵抗もなしにあっさりと死んでいくこと。

幕間に席を立ち、戻ると背後から「あ〜」という赤ちゃんの声が。外国人のお客さんが、まだ半年くらいのお子さんを連れて来ていたのですね。『紅葉狩』の最後まで、時々声を出しながらも楽しんでいたようでした♪ もちろん記憶には残らないだろうけれど、あの派手やかな舞台が、あの赤ちゃんの感性のどこかに影響を与えるかもしれませんね。

『鬼揃紅葉狩』
松羽目に紅葉、竹本に常盤津に出囃子。なんて贅沢な気分にさせてくれるのだろう。

  • ”美しい女実ハなんとか”のパターンが、好きなのです。
  • 好きと言えば、こういった演目に付き物の乱拍子*4鼓と掛け合い、これを聴くと心が千々に乱れ・・・じゃなかった、心が浮き立ちます。自然と背筋が伸びて、足も踊ってしまうのです。
  • 歌舞伎の難しいと言われる要素、言葉のひとつだと思うけれど、候文も、好き。美や様式を最優先にして、余計なものを一切排除したセリフの芸術だと思う・・・とか、偉そうなことを言ってみます。
  • 種太郎さんは、子役だと思い込んでいましたがとんでもない! 声も安定していて、立派な従者でした。
  • またまた、花道での勢ぞろいが観られず残念。いつか、お金持ちになって*5・・・! 侍女達は、びっくりするようなパステルカラーの色合わせで、目を楽しませてくださいます。秋の山なのにね。昔からこの衣装? と疑問に思いましたが、この演目は新作に入れられるものらしいので、そんなに驚くことではないのかもしれません。
  • お社の神様達は、子役とは言えないくらいしっかりしているな〜と思って見ていましたが、今調べたらまだ12〜14歳なんですね。女の子を演じていた廣松さんが、きれいに表現していたと思いました。あの声は、年齢的にぎりぎりのところかと思いますが・・・。
  • 玉太郎くん*6も、七月以来です。大胆な見得に、ご褒美どころではなく拍手をしてしまいました。ダンッと足を踏み出す型は、あれだけを本当に何度も何度も何度もお稽古しているんでしょうね。きれいなんですもん、本当に。タイミングがお兄さん達より一瞬早いところがまた、大胆。。。
  • 大ゼリで退場、そのままぽっかりと開いた穴の前に緋毛氈の目隠しが張られます。後見さんたち、奈落を背にして怖くないかな、と余計なことを考えていました。上の席からだと、隠しているはずの紅葉が見えてしまうのがちょっと残念。でも、緋毛氈に映えて美しかったから良いのです。
  • あれ、主役の信二郎さん染五郎さんは「きれいだった」しか印象が・・・?
  • 染五郎さん更科の前より鬼女のお声にちょうどいいざらつきがあって聞きやすかったように感じました。女形と言うより若衆の声、ちょうど『菊畑』の虎蔵の声に近くて、男性的な色気を感じさせられてしまうというのかな。変な意味ではないのだけれど、妙な気持ちになります。

戸隠は、大学生のときに合宿で何度か訪れた大好きな地。不思議な所です。また行きたい、と心から願います。

どちらも、チャンスがあればもう一度でも観たい、いえ、全身で感じたい舞台でした。


来週は、やっと予定していた昼の部。手習鑑の二幕が、とっても楽しみです。

*1:着替えを見て楽しむって、アヤシイ言い方ですね。帯の扱いなど参考になることが多くあるのです。

*2:違ったら、大変な失礼をいたしました。

*3:栄之丞の前では、どんな女なんだろう・・・?

*4:6年近く前にお能の勉強会で習った、唯一知っている表紙の種類です^^;

*5:また言っているよ、と笑ってください。

*6:彼に”さん”づけは苦しい・・・。